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| 文化13年7月9日、菊舎の母タカが84歳でなくなります。それを漏れ聞いた大坂の 「永々御他国 御帰郷の上にて、此上なく存じまいらせ候」と、旅を日常としていた菊舎が、故郷で母の最期を看取ることが出来て安堵したと書いています。母が亡くなりしばらく病床にあった菊舎は、四十九日も過ぎた頃、また、旅に出ようとしました。傍目にも体力の衰えがみえる64歳の菊舎に、旅はもう止めるようにと客人が来て、「天地是我蘆」と書いた紙を渡しました。 「おのれが旅好を留むとて天地是我廬といふ文字をしめし玉ふ 即事に感伏して郷の一字庵に落着くつろぎて」と前書きして詠んだのが前掲句です。 この言葉を胸に刻んだ菊舎は遠出をやめ、もっぱら後進の指導に力を注いでゆくことになります。 是も天地吾廬ぞ月の床柱 (65歳) くむやけふ天地我炉の福加減 (71歳) 柊さゝず天地我廬の節分は (72歳) |
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| 大化13年 書留 |
| 新菊舎慕情バックナンバー | ||||
| ■No.1 | 「荻萩の・・・ | ■No.51 | 「 |
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| ■No.2 | 「月を笠に・・・ | ■No.52 | 「 |
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| ■No.3 | 「吾笠に・・・ 「染て行む・・・ |
■No.53 | 「 |
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| ■No.4 | 「秋風に・・・ | ■No.54 | 「 |
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| ■No.5 | 「和らかに・・・ 「教えの春を・・・ |
■No.55 | 「 |
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| ■No.6 | 「通さねば・・・ 「関の戸を・・・ |
■No.56 | 「 |
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| ■No.7 | 「花見せる・・・ 「破れし・・・ |
■No.57 | 「 |
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| ■No.8 | 「長門なる・・・ | ■No.58 | 「 |
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| ■No.9 | 「世の俳人は・・・ | ■No.59 | 「 |
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| ■No.10 | 「姨捨てた・・・ | ■No.60 | 「 |
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| ■No.11 | 「月も涼し・・・ | ■No.61 | 「 |
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| ■No.12 | 「姨石を・・・ | ■No.62 | 「 |
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| ■No.13 | 「しばらくは・・・ | ■No.63 | 「 |
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| ■No.14 | 「笠ぬげば・・・ | ■No.64 | 「 |
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| ■No.15 | 「見て居れば・・・ | ■No.65 | 「 「 |
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| ■No.16 | 「関の渡辺氏一陽斎に・・・ | ■No.66 | 「 |
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| ■No.17 | 「稲干て・・・ | ■No.67 | 「 |
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| ■No.18 | 「読みなをす・・・ | ■No.68 | 「 |
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| ■No.19 | 「月や澄ん・・・ 「待受けて・・・ |
■No.69 | ||